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ドイツ(GOC)2005

トップページ旅行>ドイツ(GOC)2005


日程 概要
〜8/13 予備知識&出発前
8/14(日) 出発
8/15(月) 観光1
8/16(火) 試合1
8/17(水)
8/18(木) 見学
8/19(金) 観光2
8/20(土) 試合2
8/21(日) 観光3
8/22(月) 帰国
8/23〜 感想


内容
予備知識&出発前

■メンバー(年齢順)■
M夫妻(財団アマラテンB級チャンピオン)
・A夫妻(笑顔がさわやか)
・H夫妻(ルンバのラインが綺麗)
・S夫妻(前年GOCに出場)
・K夫妻(私です)
・Yちゃん(H君の妻。フランスに行く途中に観戦に立ち寄る)

■旅行の目的■
・ドイツ観光
・ダンス(GOC)観戦&出場

■GOCとは■
GOC
・GermanOpenChampionshipsの略。
・社交ダンスの大会の事(IDSFグランドスラム)。
・世界各国からアマチュアのトップ選手が集まる(プロもある)。
・ドイツ:シュトゥットガルドにて開催される。

■出発前■
昨年GOCに参加したS夫妻から、常々GOCの想像を超える素晴らしさを伝え聞いていた。
そして今年は参加しないか?という誘いを受け、妻の夏期休暇も開催期間に合う事から、参加を決意した。

S夫妻&Yちゃん以外は初めての海外だったので、経験者を中心に
メンバー内でのメーリングリスト、会議等により激しく情報交換を行った。

そういった過程にて、徐々に参加者みんなのテンションが高まっていくのを感じた。

とくに妻は「GOCに行けるから毎日が頑張れるって感じ!」と
もはやGOCが生きがいとでも言うような熱の高まりを見せていた。

しかしそんな妻とは打って変わって、自分は憂鬱だった。

というのも、直前まで休みがとれる確証を得られなかったからだった。
それは、自分の関わっている仕事が、顧客の要求に即対応すべき性質のものであるからだった。

出発日が迫り、妻のテンションが上がる度に「行けなかったら離婚だな。。。」
と自分を追い込んでは胃の痛い毎日を過ごした。

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出発

昼2時にS夫妻と東十条駅にて合流し、成田エクスプレスに乗車した。

成田空港でM夫妻と合流し、
キャッセイパシフィック航空にて香港経由でドイツへ向かった。

A・H夫妻はシンガポール経由でドイツに向かった。

機内の映画は字幕が中国語の為、ほとんど楽しめなかった。

しかもエコノミークラスは狭くて背中が痛なり、
また興奮しているためかあまり眠れなかった。

となりに座ったMさんが「火の鳥」(3冊)を借してくれた。
Mさんも同じように寝付けない様子だった。

しかしS夫妻(後ろの座席)は十数時間ほとんど動かず、
眠っていた様に見えたので、うらやましかった。

飛行機に乗るのがすごく楽しみだったが、
機内では「早くドイツについて欲しい」とひたすら願った。

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観光1

ドイツのフランクフルト空港が窓から見えた時は、
あの箱庭のようにかわいい街に自分が行けると思うと
とてもうれしかった。

しかし空港を出てみたら、以外と東京っぽい感じだった。

フランクフルト駅にてシンガポール経由組のA・H夫妻と 待ち合わせする予定が、行き違いで会えなくなってしまった。

やむなく、M・S夫妻と共にICE(ドイツの新幹線)にて シュトゥットガルドへ向かった。

日本の新幹線よりも断然綺麗な車内で、ヨーロッパらしい
スタイリッシュな内装だった。

しかし、「世界の車窓から」のような眺めを期待していたが、
窓から見える風景はうちの田舎に似ていた。

シュトゥットガルドからは、路面電車でホテルに向かい
チェックインした。
GOCの会場とホテルは同じ敷地にあり、しかも地下通路で
つながっていた。
その他にもスーパー・カフェ・売店・映画館まで同じ敷地にあり、
とても便利そうだった。

チェックイン後、会場の下見をしようと行ってみた。

会場入り口から奥にはいけなかったが、
入り口から何十件もダンス用品関連のブースが立ち並んでおり、
まるで東京ビックサイトの展示会のようでワクワクした。

M夫妻は部屋で休む事になり、S夫妻と我々はシュトゥットガルド観光
をして時差ボケを防止しようという事になった。

徒歩10分くらいで街の中心に着いたが、
想像以上のにぎわいで、原宿のようだった。

街はとても寒く、夏なのにジャケットがないと耐えられなかった。

にぎわいを抜けると大きな公園・宮殿・教会があったりと、
ヨーロッパのよい所が凝縮されて目の前にあり、
自分の予想の2倍はよい所だった。

服を買い物し、ビールを飲んだりしてテンションも上がり、
つい絵葉書を買ったり写真を取りまくったりした。

夜には洋風居酒屋のようなところでビールを飲んだ。

料理がフライパンに山盛りで出てきて食べ切れなかったが、
となりの席の老人4人組のテーブルには、
さらに山盛りのフライパンがのっていた。

しかし、しばらくして見てみると、 もうそのフライパンが空になっていて驚いた。

その後徒歩でホテルに帰り、明日の試合の用意をして眠った。

goc_002 【シュトゥットガルドの宮殿】

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試合1

朝食を摂りにホテルのレストランに行くと、
昨日会えなかったA・H夫妻がおり、再会を喜んだ。

朝食はバイキング形式で、ソーセージ・パンを中心に種類が豊富で、
つい食べ過ぎてしまった。

ホテルの宿泊客のほとんどはダンス関係のため、
レストランにも数多くの選手がおり、
ブライアン=ワトソン等の有名な選手も間近にいてドキドキした。

会場に向かうと、昨日は入れなかった位置から、
さらに100m位ブースが会場まで続いており、
まさにカーニバルといった雰囲気だった。

会場は雰囲気的には、代々木第二体育館をちょっと狭くしたような感じだが、
シートの藍色が木目調の壁とマッチしていてオシャレな感じだった。

外国人と一緒に踊ると衝撃を受けるという話を以前からよく聞いていたため、
試合前の練習で、いよいよ初めてフロアに出るという時は、かなりワクワクした。

しかし、実際は自分が踊る事に夢中でよくわからなかった。

その後、前半の一次予選に出場する(一次予選は前半と後半に分かれる)
M・A・H組をビデオに撮った。

みんなも、いつも以上にこの空間を楽しみ、活き活きとしているように見えた。

その間、隣の西洋人のオバサンが、何語か(英語以外)で
自分に語りかけては舌打ちを繰り返していたので、
無視しつつもかなりムカついた。

しかし、後に妻にその事を話すと、それはビデオ撮影許可証
を提示していない自分に対する抗議であろうという事だった。

その後自分も一次予選に出場したが、
先日の静岡グランプリとなんら変わりない感覚で踊れた。

自分がそんな感じだったので、一次予選後みんなに
「全員上がってるんじゃないっすか」と言ったりしていたが、
「君は何を見てそういっているんだ?」という雰囲気だった。

結果は仲間全員が一次予選で敗退してしまった。

しかし、一次予選で参加者の半分ぐらいが敗退しており、
最初だから仕方ないという感じになった。

結果の張り出された壁の前では、おそらく敗退した外国の選手から
「リダンスがどうのこうの」的な事を激しい口調で話しかけられたが、
リダンスはないし、かつ英語ではなかったので話にならなかった。

その後も会場では、自分のルックスが東洋人であるにもかかわらず、
平気で何語かで話しかけられる事が多かった。

近くに西洋人がいるのにナゼ僕に?と思う事も多々あったが、
出来る限り身振り手振りで答えるようにした。

その後は試合を観戦したが、二次予選をみた途端
さっきの仲間への発言を後悔した。

みんな信じられない位ダイナミック、かつスピーディーで、
感情がグッと伝わってくるようで、しかも力みがなく心地よいなあ
という印象が、フロアから押し寄せてくるようだった。

とにかくその後は時間も忘れて、ただただ無言で何時間もフロアを見ていた。

最終予選の前位から、曲が生演奏に切り替わった。

男性&女性の生歌と演奏がすごくいい雰囲気で、ダンスもすごいし、
なにもかもが楽しいなあと感じた。

さらに、プロモダンも同時に行われており、
世界のトップであるピノ組やミルコ組を手の触れられる程
間近で観戦でき、鳥肌がたった。

常に会場の大歓声が鳴り止まず、
選手もそれにつられてノッているようだった。
さらにそんな選手には大歓声が送られ、
その相乗効果で会場のボルテージは高まっていくようだった。

そんな環境のためか、日本で見る印象より1.5倍はスピーディーに見え、
迫力があった。そうした空間でダンスを観戦するのが純粋に楽しかった。

アマチュアライジングスターラテンでは、
地元のセルゲイ−オクサナ組が特に光っていた。

リーダーの体は細く小さく・パートナーと身長が同じ位なのに、
動きが半端じゃなく切れていた。とくに下半身の動きが綺麗だった。
とにかく体の軸の周りにある手や足をフルに使っているのが心地よかった。

途中から心の中で応援し、最後は優勝したので、なんだかうれしかった。

試合終了後、部屋に戻ると午前一時を回っていた。
一次予選から換算すると、15時間くらい会場にいた
事になるのにびっくりした。

部屋に帰ると、倒れるように寝てしまった。

goc_003 【会場内のブース】

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GOCの本戦の一次予選の日だった。

朝からとにかく緊張した。

予選開始前にはまがりなににも、世界トップランカーと一緒に踊るチャンスが
「可能性だけはある」という0ではないパーセンテージに興奮した。

感覚としては、今思えば「あっ」と言う間に終わってしまった。

それほど興奮していたのだと思うし、
自分としては集中&Bestなダンスが出来たと思う。

午後になり、みんなで街を散策しに行く前に結果を見ようという事になった。

自分としては、生涯MAXの出来ばえ(のつもり)だったので、
それなりの自信というか、手応え的な物はあった。

しかし、現実は残酷なものだった。

唯一、A夫妻が次の予選に進めたという事がせめてもの希望だった。

その後みんなでシュトゥットガルドの街に繰り出し、
最終的には飲み屋でビールを飲んでいた。

今となってはその間何をしていたか覚えていないが、
ビールだけはひたすら飲んでいたという記憶だけは残っている。

その時自分がみんなに語りかけた言葉の内容も、
ドイツやダンスに関係ないどうでも良い事ばかりだった。
一例としては、
「このメンバーの中で誰が自分の両親だったら幸せだったか」
とか、そんな事をショック&酔いのせいか、ひたすら考えていた
という事だけはおぼえてる。

ホテルに帰ると、プロラテンの予選〜決勝が行われていた。

世界のトッププロのすごい迫力に圧倒された。

その後、Yちゃん(H君の妻)が日本からこの地まで到着し、遭遇した。
しかし、自分はビール&ダンスでぼんやりしてしまい、
「あっ、どうも」という挨拶もそこそこに寝てしまった。

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見学

朝は昨日のビールのせいか、頭が重かった。

昨日同様、ホテルのレストランバイキングでソーセージを取っていると、
日本での見慣れた顔ぶれの人たちが集まっていた。

それは昨日到着したYちゃん(H君の妻)をはじめ、
GOCに一緒に参加しているみんなが一緒のテーブルにいたからだった。

その中でも、昨日行われた大会では、
Iくん&Mちゃんに関しては、モダンでファイナルに入った
というのを聞いて、目が覚めるほどびっくりしてしまった。

GOCで生演奏で踊れるなんて、なんとうらやましいと思った。
その事プラス「GOCの後はデンマークなんですよ〜」というのを聞いて、
もうなんだかすごいな!と感じた。

その後、昨日の惨劇について伝えたところ、
「その気持ちをホームページにぶつけてください!」
と言われ、「ダンスの練習ではないのか!」と思った。

その後は一日中、アマチュアラテンの二次予選〜決勝までを
文字通り「ぶっ続け」で観戦した。

15時間くらい一歩も動かずに、最前列から3列目で観戦した。

その間、妻はみんなと「ケバブ」とかいうトルコの肉を食い、
それが意外に美味だった等の感想を伝えていたが、
「まあ、よかったね」という気持ちだった。

それよりも、会場でいろんな選手を見ているのが楽しかった。

最前列から3列目という好ポジションを確保出来た事により、
それを盗られてたまるか!という気持ち&それに伴う
外国人の子供との小競り合いで動けなかった。

本戦の3次予選からシード選手が加わると、
もはや自分がやっている事が同じ種類のダンスとは思えない程の、
ものすごい衝撃・フロアの至る箇所で爆発が起きているような
スピード&パワーの波動が伝わってきた気がした。

この感覚は、この旅に参加する以前に
いろんな人に海外のダンスの感想を聞いたが、
そこから自分が日本でイメージしていたものを
はるかに凌駕しているなぁと実感し、
正直うれしさと共に純粋に興奮した

ファイナルが終わり、表彰式になってしまったときは、
ほんとうに悲しかった。

まぎれもなく、自分はドイツにこれを見に来たんだな、と思った。

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観光2

朝はやく起床し、下記のルートでハイデルベルグ城に向かった。
シュトゥットガルド駅=(ICE)=>
ハイデルベルグ駅=(路面電車)=>城のそば

城は山(300mくらい)の頂上にあり、ちょっといやな気分になった。

しかし上ってきた坂を振り返ってみると、
赤で統一された屋根の家々と、森の緑、空の青の配色が一気に目に飛び込んできて、
その景色の良さにびっくりしみんなで歓声をあげた。

その後はみんな新婚時代に戻ったかのように、夫婦で写真をとりまくっていた。

城の中には広い公園があり、たくさんの観光客がのんびりと散歩したり座ったりしていて、
とても平和で朗らかな雰囲気だった。

城自体は、赤茶色の壁が印象的な、美しいというより荘厳な雰囲気で、
大砲にて破壊された後があったり、大きなワインの樽(ちょっとした2F一軒家くらい)があった。

一通り城を見終わった後、城下町にて食事・観光した。
城から眺めていた町に行けると思うとわくわくした。

実際に町に下りてみても、上からみていたのと同じように
色合いの綺麗な町並みで、いろんな音楽が流れていて、お祭りのようだった。

その後はホテルに戻り、おのおのが自由な時間をすごした。
自分は隣の食品店でビール(ペットボトル入り)を6本買い、部屋で飲んだ。

飲みながら、明日の大会をどうすべきかをいろいろ考えて、その後寝た。

goc_004


【ハイデルベルグ城からの眺め】

200501.JPG


【ハイデルベルグ城からの眺め2】

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試合2

出場する最後の大会(Adults A Latin)だった。

これまですべて1次予選落ちだったので、意気込んで会場に向かった。

しかし会場に着いたら、いままでの大会でも自分が注目していたような
上手い選手も出場のために練習していたので、
かなり弱気になってしまい、無言になった。

試合が進行していく中、自分が2次予選に上がれる可能性を考え、
その事でとても気が重くなった。

しかしそんな気分を一掃するような出来事が起こった。

ヒート毎に司会のおじさんに背番号を呼ばれフロアに出るのだが、
事前に張り出されていたヒート表とぜんぜん違っていたため、
出遅れるカップルがたまにいた。
その度に司会のおじさんに、からかう口調で「グットモーニング」と言われ、
ちょっとはずかしいのだった。

そのためみんなに身構えて注意深く司会の言葉を聴いていたが、
我が身内であるH組がその対象となってしまった。

しかしその直後、それを払拭するかのような熱いダンスを見せた。

目の前にいる外国人の観客の視線にひるむことなく、
逆に激しいアピールで向かっていった。

その吹っ切れた姿を見て、僕の心の中でも
「こうなったら、やってやるぞ!」という気持ちが湧き上がった。

しかし、気持ちが正に空回りしてしまい、
一次予選後はただフロアで暴れた徒労感だけが残った。

そのため、最後の最後まで一次予選で落ちてしまうのかという
不安に包まれ、パートナーとは小競り合いになった。

一次予選で落ちていたらドイツに来るのは一生やめようと思い、
結果を一人で見に行くと、みんなだけでなく自分も二次予選に
上がれていてびっくりした。

それまでのドキドキでヘトヘトになったが、
ドイツが嫌な思い出にならずに済んだ事がとてもうれしかった。

その後も運よく最終予選に進むことができ、とても満足だった。

現地の日本の方も観戦に来ており、ちょっとしたふれあいもあった。

夜になって、「IDSF Grand Slam Standard」「GOC Youth Latin」を観戦した。

地元選手がファイナルにいるためか、今までで一番の歓声と人ごみだった。
テレビ放送もしているらしく、大きなカメラとレポーターが地元選手
を囲んでいた。

もうこれでGOCが終わると思うと、とても悲しかった。

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観光3

ついにドイツを離れる日が来てしまった。

朝起きてホテルでの最後の朝食を食べるときは若干悲しかったが、
ソーセージを見た時は日本食が恋しかった。

飛行機に乗るため、フランクフルトに向かい、そこで少しだけ
観光をする事となった。

フランクフルトはとても都会で、日本で言うところの
新宿のようなオフィス街といった雰囲気だった。

さらに土曜日だった為、街はひっそりとしていた。
(ドイツは、土日が休みというお店が多い。)

しかし、市内を一周する「リンゴ電車」という真っ赤な路面電車にのり、
街の概要を見る事ができた。
その電車の中では、リンゴ酒が配られ、ほろ酔い気分になった。

200502.JPG

【リンゴ電車】

世界銀行の前の、ユーロの形をした大きなオブジェで妙にテンションが上がった。

200503.JPG

【ユーロ】


飛行機の時間もせまり、シンガポール経由のA/H夫妻と
レーマー広場の前で別れる事となった。

二組と離れ、遠く小さくなっていく二人に見送られるが
とても寂しく、旅行の終わりを強く感じた。

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帰国

フランクフルト空港より、行きと同じく香港経由での帰路となった。

ドイツに来るときはとても興奮したが、
帰りはとても寂しく、それでいて飛行機の中ではぐっすり眠ってしまった。

トランジットの香港では、妻が行きの時に目をつけていた
バックを買う羽目となった。

成田に着いた時は、寂しいというより、
早く家でゆっくりしたいと思いの方が強くなっていた。

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感想

行くまでの準備や経緯が、あまりに精神的につらかった為、
実際に経験するまでは、その苦労に見合う感動や興奮があるとは思えなかった。

しかし実際は、行く前の自分の予想とは全く違った印象・感動ばかりだった。

今思い出して、印象に強く残っているのは、音だった。

試合の生演奏の迫力。心地よさや、選手の会場での息遣いや
風を切るように私の顔面をかすっていった腕や
観客のボルデージの高い歓声が強い印象を残した。

これらの経験が今後自分のダンスの糧として生かせるのかは
いかんせん自分の力量から言って分からないが、
少なくとも受けた印象や感動については
生涯忘れる事はないだろうと思った。

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